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創業100年を前に。世代を繋ぐ。入政建築 物語-vol.1-

2026.01.30

ぼくたちの会社は、間もなく創業100年という大きな節目を迎えようとしています。(昭和元年創業)

普段は「今の家づくり」に全力を注いでいますが、ふと立ち止まった時、自分たちが立っている場所がどのような過去の上に築かれたのか、意外と知らないことが多いことに気づきました。

そこで、入政建築の過去を知っている人に集まってもらい、ルーツを探る機会を設けました。

集まってくれたのは、初代・新野國五郎の娘、二代目・政治の妹である池谷なみゑさん、

二代目の娘であり、三代目・達治の姉である原田久代さんと、二代目の頃から45年ほど、入政建築一筋の河合大工です。

ここで、印象的だった話をいくつかにわけて、発信していきます。

初回は、「創業100年を前に。世代を繋ぐ「入政建築」の物語」



暮らしをつくろう。大切な人との時間を豊かに。

4代目の新野恵一(にいのけいいち)です。

(*タグで絞り込み→「4代目」を選択すれば、ブログがのぞけます。)

初代・國五郎が歩んだ「職人の原点」

入政建築の物語は、大正から昭和へと移り変わる時代に始まります。初代・國五郎が修行を積んだのは、神ヶ谷町にあった大きなお医者様のお屋敷。

当時は、そこで寝泊まりしながら技術を学び、一人前になっていったといいます。

その後、拠点を大久保に移したのが昭和元年ごろ。

当時は「自宅兼・作業場」というスタイルだったようです。 3代目の生家だったところには、住み込みの弟子がいて、8畳間を二つつなげて大勢で食事をとっていたそうです。

*右→池谷なみゑ(初代・新野國五郎の娘、二代目・政治の妹)さん。 左→原田久代(三代目・達治の姉)さん

二代目・政治と「入政」の誕生

今の社名である「入政建築」の「政」は、二代目・政治の名前から取ったものです。

*政治に仕事が入る→入政(いりまさ)

*赤→初代・國五郎 青→二代目・政治

政治は、非常にお洒落でハイカラな人だったといいます。

仕事が終わると、パリッとスーツを着こなして夜の街へ繰り出す。そんな粋な職人でした。

もちろん酒も好きだったのですが、それだけでなく、酒場での人間関係も、仕事を広げていくのに重要だったのかもしれません。

当時の徒弟制度は今では考えられないほど厳格で、弟子は5年間の修行が必須でした。

面白いのは、修行明けの「卒業制作」です。 5年経つと、親方が見守る中で弟子が何かを建て、それを形として残して独立していく。

その家は今でも地域に残っており、当時の職人たちの情熱を今に伝えています。

*3代目の生家は、解体寸前の建物になっています。この建物をどのように生かすか。ぼく自身も楽しみです。

時代と共に変わるもの、変わらないもの

三代目・達治が、地元工務店勤務の経験から、設計の概念を持ち込み、現代的な工務店としての形を整えました。そして、四代目であるぼくへとバトンが渡されています。

*左→三代目・達治(故) 右→二代目・政治の妻 ユキエ(故)

初代から二代目へ受け継ぐ頃には、「一人親方」から「大工集団」への変革がありました。

二代目から三代目への継承では、「大工」から「工務店」への業態変化があったといえます。

では、三代目から受け継いだ四代目の僕たちが、どう変わっていくか。

それは僕たちだけの問題ではなく、お客様との関わりの中で決まっていくのだと思います。

世代は変わり、建てる家も、入政建築の組織も変わってきました。 より良いものを求めて変わってきたのです。

「現場で判断し、最良の形を造る」という精神は、形を変えて受け継がれているのだと感じています。

これからの100年

100年という月日は、単なる時間の経過ではありません。

それは、地域の方々に支えられ、何百軒という家を守り続けてきた信頼の積み重ね。

先代たちが築いた「入政建築」という名前の重みを再確認するとともに、

次の100年に向けて、変わりながら、守り続けていきたい。改めてそう決意しています。



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