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思想をつくった三代目 ~入政建築の原点~ 入政建築 物語-vol.4-

2026.02.05

入政建築物語。
いくつかに分けて発信してきましたが、4回目は「思想をつくった三代目」です。

今の入政建築の土台をつくったのは、三代目である父・達治でした。

設計思想や、風景に対する捉え方、地域とのかかわり方。

多くのことを、父は残してくれました。


暮らしをつくろう。大切な人との時間を豊かに。

4代目の新野恵一(にいのけいいち)です。

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父は、浜松工業高校を卒業後、今はなきマルモ中村住宅に就職しました。

現場監督として経験を積み、佐鳴台の漕艇場工事の監督も任されていたと聞いています。

その後、入政建築に入り、1年半から2年ほど、大工として現場に立ちました。

最初から設計者だったわけではありません。

現場で汗をかき、木に触れ、建物をつくる側の人間でした。

この経験が、後の家づくりの土台になっていったのだと思います。


1990年12月。

ぼくが5歳のころ、父は、設計と施工の両方を行う会社として、家業である入政建築を法人化しました。

事務所は、自宅のすぐ横。

中には、当時としては珍しかったであろうコーヒーメーカーがありました。

いつも、ふわっとコーヒーのいい香りがしていた。

その匂いの中で育ったからか、今のぼくは、すっかりコーヒー好きです。

会社と暮らしが、自然につながっていた場所でした。


創業当初は、ゼネコンの下請け工事や公共工事を中心に、事業としては安定していました。

そんな中で、大きな転機となったのがOMソーラーとの出会いでした。

父が勤めていたマルモ中村住宅は、OMソーラーの立ち上げ期から関わっていた工務店です。

地域工務店と建築家が連携し、これからの住まいを本気で考える。

そんな空気の中で、父は多くの刺激を受けていきました。

設計の面白さに、少しずつ目覚めていった時期です。

新しいものが好きだったのも、この頃からかもしれません。

ちなみに父は、車も大好きでした。

母はよく、「この人は、車を買うために生きてるみたい」と言っていました。

新しいもの、いいものが好き。
その性格は、仕事にも表れていたと思います。


父は、とにかく多趣味な人。

テニス、オカリナ、ピアノ、家の草刈り。

何かに興味をもつと、とことんやってみるタイプだったように思います。とくに、音楽は大好きでした。

その影響もあってか、今、入政建築で行っているGREEN FESの原型は、父がつくっています。

「建築と音楽」
「仕事と遊び」

父の中では、はっきり分かれていなかったんだと思います。

好きなことを、暮らしや仕事に、うまく織り交ぜて生きる。

そんな人だった気がします。


とくに衝撃を受けたのが、秋山東一さんが考えたVOLKSHAUS(フォルクスハウス)でした。

構造用合板がそのまま表れた、木造打ちっぱなしの家。

飾らない。ごまかさない。正直な建築。

「これでいいよね」

そんな作り手側の感覚が、そのまま形になったような住まいでした。

父はここで、ものづくりの奥深さを知ったのだと思います。


2000年ごろ。
作業場の一部を改装し、ecoショップをつくりました。

OMソーラー協会の力も借りながら、地域に開かれた場所として整えました。

当時のぼくは、建築の仕事を「3K」だと思っていました。

きつくて、汚れて、大変。

現場でそんな姿ばかり見てきたからです。

でも、この改装は違いました。

時間の積み重ねと、モダンなアレンジ。

「建築って、こんなにかっこいいんだ」そう感じた、最初の体験でした。

建築を志すきっかけのような出来事でした。


秋山先生は、父だけでなく、ぼくにとっても師匠でした。

同じ先生から設計を学んだ親子は、きっと多くありません。

だからこそ、受け継いでいるという感覚があります。


ぼくが入政建築に戻ったのは2010年。

山梨の小澤建築工房で修行を終え、地元に帰ってきました。

父とは、よくぶつかりました。

「もっと発信したい」「もっと広げたい」

そう思うぼくに、父は言いました。「今の仕事を、きっちりやるだけだ」

当時は、物足りなく感じました。でも今は、よくわかります。


父が四半世紀にわたって大切にしてきたのは、

自然とともに暮らすこと。
おおらかな住まい。
大切なのは、「暮らし」で、建物ではないこと。だからこそ、建物の性能は担保したい。

これらすべてが、
今の入政建築の土台です。

OMソーラー協会や、秋山先生の教えのもと、
大工から、アーキテクトビルダーへ。

父は、静かに脱皮し続けてきました。


2022年。父は、63歳でこの世を去りました。

決して派手ではありませんでしたが、楽しみにあふれた人生でした。


2025年。
秋山先生も、この世を去りました。

父も、師匠もいない。

気づけば、ぼくたちの世代が中心になる時代です。

この思想を、これからどう育てていくのか。入政建築が、これからどう進化していくのか。

それを考えられる立場にいることを、楽しみにしています。

三代目がつくった思想を受け継ぎ、四代目として、次の時代へ。

三代目が歩んだ四半世紀は、「何を大切にするのか」を探す旅だったように思います。

大切にしなければならないものを、ぼくたちに残してくれました。

これから10年後のビジョンは、「風景をつくる」企業になること。

入政建築の「建築」っていう言葉は、建てる、直す、使い続けること。すべてが入っていると思います。

浜松という地で必要とされる存在であり続けるために、

時代とともに、大切にしてきた価値観を守りながら、柔軟に変化し、建築業を続けていきます。

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