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初詣は、大窪神社へ。「大窪神社」と「入政建築」の関係

2026.01.06

みんなで、初詣に行きました。


場所は、浜松市中央区大久保町にある 大窪神社 (おおくぼじんじゃ)です。

入政建築にとって、この神社は「近くにある神社」というだけの存在ではありません。



暮らしをつくろう。大切な人との時間を豊かに。

4代目の新野恵一(にいのけいいち)です。

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大窪神社のある場所の、もう一つの歴史

この神社が建っている場所。

江戸時代には 「代官屋敷」 が置かれていました。

代官屋敷とは、城を持たない地域を治めるための行政拠点。
年貢を管理し、村々をまとめ、裁きを行う、当時の「地域の中心」となる場所でした。

境内に残る石垣や、少し高くなった地形には、そんな代官屋敷時代の名残を見ることができます。

いくつもの小さな神社が集まった神社

古くから大久保の各字にあった日吉神社・神明宮・進雄神社・稲荷神社
昭和26年に統合(合祀)され、大久保町の鎮守の社「大窪神社」となりました。

当時この土地を所有していた 馬渕恒蔵氏 より、四神社統合の際に大窪神社へ寄贈されたものです。
石垣は、当時のまま残されています。

大久保町に引っ越してくると、いつの間にか大窪神社の氏子になっている

それくらい、この神社は町と近い存在なのです。

政治から、神聖な場へ

時代が移り、代官屋敷はその役割を終えました。

人を治める場所から、人の暮らしを見守る場所へと、受け継がれてきました。

役割を変えながらも、ずっと人が集う場所であり続けています。

そう考えてみると、とても神聖な場所に見えてきます。

地元で育っていると、なかなか気づけないもの・・・かもしれません。

平成元年、大窪神社の社殿新築に携わって

平成元年(1989年)、大窪神社の社殿が新築されました。

その際、入政建築は木工事として、この建築に携わりました。

派手さはありませんが、地域に根ざし、長く使われることを大切にした建築。

30年以上経った今も、こうしてみんなで手を合わせられることを、とてもありがたく感じています。

今年も、この場所から

創業の土地で、また一年、仕事ができること。

そのことに、静かに感謝しながら、今年も、一歩ずつ進んでいきます。

禰宜さんも若く、将来も安泰。
これからも、末永くよろしくお願いいたします。

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